東京高等裁判所 平成2年(行ケ)228号 判決 1992年5月26日
原告
オーンステイン レオナード
被告
特許庁長官 深沢亘
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
この判決に対する上告のための附加期間として九〇日を定める。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 原告
「特許庁が平成一年審判第二七四二号事件について平成二年四月三日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決
二 被告
主文一、二項と同旨の判決
第二請求の原因
一 特許庁における手続の経緯
原告は、「土壌環境の相対湿度を制御する方法及びそれを達成するための装置」と題する発明(以下「本願発明」といい、このうち方法の発明を「本願第一発明」、装置の発明を「本願第二発明」という。)について、一九七八年三月二日、アメリカ合衆国特許願第八八二七八九号によるパリ条約に基づく優先権を主張し、一九七九年三月二日、特許協力条約による国際特許出願(POT/US七九/〇〇一二七)をなし、昭和五四年九月三日、その翻訳文を日本国特許庁に提出し、昭和五四年特許願第五〇〇五一八号として係属したが、昭和六三年一〇月二一日、拒絶査定がされたので、平成元年二月二〇日、審判の請求をし、平成一年審判第二七四二号事件として審理されたが、平成二年四月三日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決がされ、その謄本は、同年六月一八日、原告に送還された。なお、原告のための出訴期間として九〇日が附加されている。
二 本願発明の要旨
1 周囲環境の相対湿度を予め定められた値すなわち所定値に保つように、水の流れを制御するものであって、前記所定値に対する周囲環境の相対湿度の増減を、相対湿度一〇〇%で水と平衡な状態において、乾燥時の体積の二五倍以上に膨潤又は収縮で、それぞれ周囲環境への水の流れを遮るか又は加減して、前記相対湿度を前記所定値に保つことを特徴とする土壌環境の相対湿度を制御する方法(本願第一発明)
2 室を設けた本体部分、
水路に、このバルブ本体部分を取りつける手段、
水路を開閉するために、水路に設けられた圧縮性手段、
前記室内に含まれる、前記水路における前記圧縮性手段を開閉するための、浸透圧感知手段(相対湿度一〇〇%で水と平衡な状態で、乾燥時の体積の二五倍以上に膨潤可能な物質)、を含むことを特徴とする浸透性相対湿度感知・制御バルブ(本願第二発明)
三 審決の理由の要点
1 本願発明の要旨は、前項記載のとおりである。
2 これに対し、米国特許第三二〇四八七二号明細書(以下「第一引用例」という。)及び米国特許第三四二六五三九号明細書(以下「第二引用例」という。)には、周囲環境の相対湿度を所定値に保つように、水の流れを制御するものであって、前記所定値に対する周囲環境の相対湿度の増減を、レッドウッドの樹皮の細長いブロックの浸透膨潤又は収縮によって感知し、このブロックの膨潤又は収縮で、それぞれ周囲環境への水の流れを遮るか又は加減して、前記相対湿度を前記所定値に保つ土壌環境の相対湿度を制御する方法が示されているものと認められる。
3 そこで、本願第一発明と第一引用例又は第二引用例の発明とを対比すると、両者は、周囲環境の相対湿度を所定値に保つように、水の流れを制御するものであって、前記所定値に対する周囲環境の増減を、相対湿度に応じて浸透膨潤又は収縮する物質によって感知し、この物質の膨潤又は収縮で、それぞれ周囲環境への水の流れを遮るか又は加減して、前記相対湿度を前記所定値に保つ土壌環境の相対湿度を制御する方法である点において一致し、他方、本願第一発明は、相対湿度一〇〇%で水と平衡な状態において、乾燥時の体積の二五倍以上に膨潤可能な物質を用い、体積変位により相対湿度を感知しているのに対し、第一引用例又は第二引用例の発明は、レッドウッドの樹皮(「樹脂」とあるのは「樹皮」の誤記であると認められる。)の細長いブロックを用いており、特定方向への伸縮により相対湿度を感知している点において相違がある。
4 右相違点について検討すると、本願第一発明における水膨潤性物質は、本願明細書中の実施例の記載を参酌すると、例えば、ポリアクリルアミド、ポリビニルアルコール系などから導かれるヒドロゲルであると認められ、これらポリアクリルアミド及びポリビニルアルコール等は「高吸水性ポリマー」の組成を代表するものとして一般に知られているものであって、前記水膨潤性物質は、高吸水性ポリマー等のヒドロゲルを含むものと認められる。ところで、前記高吸水性ポリマーは、一九七四年の米国農務省北部研究所の発表がきっかけとなって開発が開始され、本件出願前に多数の高吸水性ポリマーが開発され、各種用途に応用されている。例えば、保冷剤として、昭和五二年特許出願公開第五一一五三号広報、同年特許出願公開第六一一八三号広報等が発表されている。そして、高吸水性ポリマーが水と接触して、数分で自重の数十倍から数百倍の水を吸水しうる能力を有すると共に、平衡吸湿率を有すること、つまり、高湿度条件下では吸湿して膨潤し、低湿度条件下では放湿して収縮するという性質を有していることが知られている。
してみると、本願第一発明の水膨潤性物質は高吸収水性ポリマーのヒドロゲルとして本件出願前周知のものであって、しかも、平衡吸湿率を有するという性質も知られているといえる。また、このような高吸水性ポリマーを相対湿度の感知物質として採用することに格別の困難性があったと認めることはできない。そして、高吸水性ポリマーを相対湿度の感知物質として採用すれば、非常に感度よく、環境湿度に対応した膨潤収縮を行うものと予測しうるところである。
次に、本願第一発明が、相対湿度一〇〇%で水と平衡な状態において、乾燥時の体積の二五倍以上に膨潤可能な物質とした点について、本願発明の明細書を委細に検討したが、本願発明の目的、構成、作用効果、実施例の説明等いずれを見ても、この数値限定に格別の臨界的意義ないし技術的意義が見出せない。したがって、前記数値限定は、当業者の単なる設計的事項に過ぎないものと認められる。
以上のとおり、平衡吸湿率を有する高吸水性ポリマーが本件出願前周知であることを考慮すると、第一引用例又は第二引用例の発明のレッドウッドの樹皮(「樹脂」とあるのは「樹皮」の誤記であると認められる。)の細長いブロックを相対湿度一〇〇%で水と平衡な状態において、乾燥時の体積の二五倍以上に膨潤可能な物質に置換することに困難性は認められず、効果においてもその置換によって予測できる範囲にとどまるもので、前記相違点は、前記周知事項から当業者が容易に想到しえたものというべきである。
したがって、本願第一発明は、第一引用例又は第二引用例の発明及び前記周知事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第二九条第二項の規定により特許を受けることができない。
また、本願第一発明が特許を受けることができないものである以上、本願第二発明について判断をするまでもなく、本願発明の特許は拒絶されるべきものである。
四 審決の取消事由
本願発明の要旨及び本願第一発明と第一引用例及び第二引用例の発明の一致点の認定は認めるが、第一引用例及び第二引用例の発明の技術内容(水膨潤性物質としてレッドウッドの樹脂を用いるとしている点)、本願第一発明と第一引用例及び第二引用例の発明との相違点の認定及びこれに対する判断は争う。
審決は、特許法第一五九条第二項で準用する同法第五〇条の規定に違反した違法があり、また、第一引用例及び第二引用例の発明の技術内容の認定を誤り、もって相違点の認定及びこれに対する判断を誤って、本願第一発明の進歩性を誤って否定した違法があるから、取消しを免れない。
1 手続違背
特許庁は、昭和六一年4月一五日付けの拒絶理由通知書をもって、本願第一発明について、①第一引用例及び第二引用例の発明に基づいて当業者が容易に発明できたものであるので、特許法第二九条第二項の規定により特許を受けることができない、②明細書及び図面の記載が不備であり、特許法第三六条第四項及び第五項の規定する要件を満たしていないとの拒絶理由の通知をした。
原告は、これに対して意見書及び手続補正書を提出したが、特許庁は、昭和六三年一〇月二一日、右②の理由で拒絶すべき旨の拒絶査定をした。
そこで、原告は、審判の請求をし、手続補正書や審判理由補充書を提出して拒絶査定の理由の根拠のないことを主張したところ、審決においては、何ら拒絶理由を通知することなく、審決の理由の要点記載のとおり、第一引用例及び第二引用例の他、前記拒絶理由通知書の拒絶理由及び拒絶査定の拒絶理由のいずれにも引用されていない一九七四年の米国農務省北部研究所の発表(以下「周知例一」という。)、昭和五二年特許出願公開第五一一五三号広報(甲第六号証。以下「周知例二」という。)及び同年特許出願公開第六一一八三号広報(甲第七号証。以下「周知例三」という。)を引用し、高吸水性ポリマーが本件出願前に周知であり(以下「周知事項1」という。)、また、高吸水性ポリマーが水と接触して数分で自重の数十倍から数百倍の水を吸水し得る能力を有すると共に、平衡吸湿率を有すること、つまり、高湿度条件下では吸湿して膨潤し、低湿度条件下では放湿して収縮するという性質を有していることが本件出願前周知である(以下「周知事項2」という。)とし、本願第一発明は、第一引用例及び第二引用例並びに周知事項1及び2(以下、この二つの周知事項を併せて、単に「周知事項」という。)に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第二九条第二項の規定により特許をうけることができないと判断したものである。
右の周知例のうち周知例一はその内容が全く明らかではなく、また周知例二及び周知例三は、高吸水性ポリマーが本件出願前に周知であり、平衡吸湿率を有することも知られていることを何ら示すものではない。
周知例二は「コンテナ外殻の内部に微少水滴あるいは融解熱量の大きな微少水滴を含む合成樹脂材が充填一体化されたことによって、コンテナ自身が冷却性能を具備したことに特徴を有する保冷用コンテナ」(特許請求の範囲一参照)の発明に関するものであるが、この充填材料は、水滴を含んだ状態で金型内でゲル化、硬化させて使用されるものであり(第二頁右下欄ないし第三頁左上欄参照)、水滴は樹脂の中に分散されて存在しており、樹脂が水膨潤しうるものではなく、また、このようにしてゲル化された合成樹脂材が、膨潤したり収縮したりするものではない。
また、周知例三は、保冷部又は保湿具に使用される「抱水性ゲル」に関するものであり、これは、大量の水を安定した状態で包含し解離しないので、保冷又は保湿効果が大であるとされるものである(第二頁右上欄初行ないし第三行参照)。したたがって、実施例に示されるように、水溶性樹脂を水に溶解した状態で完全に硬化させることにより、抱水性ゲルを得ているものであり、かかるゲルは、水分の影響を受けて膨潤又は収縮することなく(水を解離することなく)、安定して存在するものである。
したがって、周知例一ないし三には周知事項は開示されていない。
また、被告が本訴において新たに提出した乙第二号証ないし乙第六号証にも周知事項が開示されているものではない。
乙第二号証は、共重合体の製造方法に関するものであり、周知事項1についての記載はあるが、周知事項2を示唆する記載はない。
ここに示されるアクリル酸の共重合体は、水の存在で、陰性に荷電するイオンの反発によって、静電気的な膨潤をするものであり、平衡吸湿率を有するといえるものではない。したがって、乙第二号証のポリマーは、糊剤、イオン交換樹脂、緩下剤などとして使用されることはあっても(第四頁左欄第二二行ないし第二九行、第五頁右欄下から第三行ないし末行、第六頁左欄第六行等)、本願発明のような土壌の湿度制御に使用できるものではない。
乙第三号証も、静電気的膨潤をする高分子電解質についてのものであり、塩の存在やPHの変化によって影響を受けるものであり、周知事項1を示すことはあっても周知事項2を示すものではない。
このことは、そこに開示されるポリマーの用途が、おしめ、紙タオルなどの使い捨て商品に限られていることからも明らかである(第二頁右下欄下から第八行ないし第三行)。
乙第四号証は、含水プラスチック組成物に関するものである。このプラスチック組成物は、水を含むため、難燃性ある建材等として有効に使用されるものであり(第一頁右下欄第一行、第二行)、実施例に示されるように、含水ゲル粒子をポリスチレン等のプラスチック粉末に混合し、成形して、水を含んだプラスチック成形体に形成するものであり(第三頁ないし第四頁)、このようなプラスチック成形体が、外部湿度等によって容易に変形しうるものではなく、周知事項2の開示はない。なお、含水ゲル粒子は、第三頁の参考例に示されるように、水溶性ポリマーを水に溶解し、その状態で硬化させ、含水ゲルに形成されたものであり、水を安定して包含しうるから、含水プラスチック組成物の製造に使用できるものであり、かかる含水ゲルが更に大量の水を吸収しうるものではなく、周知事項1の記載すら存在しないものである。
乙第五号証は、おしめ等の吸収当て物に関するものであり、ここに開示されるヒドロゾル性微粒子は、約一五ないし七〇倍の液体を吸収でき、原型の数百%に膨潤しうるが、この状態で液体中で不動化し、ゼラチン状となるものである(第四欄第二三行ないし第二八行)。膨潤したヒドロゾル性微粒子は、吸収した液体と強固に結合しているものであり、強制的に乾燥しないと脱水されないとされるものであり(第四欄第三四行ないし第三六行)、周知事項2を示唆しうるものではない。
なお、乙第五号証のヒドロゾル性微粒子を構成する加水分解された架橋ポリアクリルアミドや架橋スルホン化ポリスチレンは、荷電した分子であり、静電気的膨潤をするものである。
乙第六号証は、外科用に適用される親水性スポンジに関するものである。
スポンジは、その孔部分に水分等を保持しうるものであり、吸水したとしても、膨潤によりスポンジ自体が大きく変形してはならないことは、その第七頁右上欄第五行ないし第一一行及び同頁右下欄下から第七行、第六行に明記されるとおりである。
ここには、ポリビニルアルコールとホルムアルデヒドの反応生成物が高吸水性であると記載されているものではなく、周知事項1及び周知事項2のいずれも開示されていない。
以上のとおり、周知事項についての審決の認定は誤りであるが、いずれにせよ、これら周知例は、そもそも審査における拒絶理由通知書にも拒絶査定の拒絶理由にも引用されていないものであるから、これを根拠に本願第一発明を拒絶すべきものと判断するには特許法第一五九条第二項で準用する同法第五〇条により原告に通知する必要があったにもかかわらず、その通知をしなかったものであるから、審決には重大な手続違背がある。
2 相違点の認定の誤り
審決は、第一引用例及び第二引用例の発明の技術内容の認定を誤り、もって、本願第一発明と第一引用例及び第二引用例の発明との相違点の認定を誤った違法がある。
第一引用例及び第二引用例の発明は、膨潤、収縮する物質としてレッドウッドの「樹皮」を用いるもので、その「樹脂」を用いるものではない。
しかるに、審決は、第一引用例及び第二引用例の発明はレッドウッドの樹脂の細長いブロックを用いるものと認定し(審決第六頁下から第三行、第二行)、それに基づき、本願第一発明では相対湿度一〇〇%で水と平衡な状態において、乾燥時の体積の二五倍以上に膨潤可能な物質を用いるのに対し、第一引用例及び第二引用例の発明においてはレッドウッドの樹脂の細長いブロックを用いる点が相違するとして相違点の認定をしている。
樹皮は、「化学大辞典4」(共立出版株式会社昭和三八年一〇月一五日発行。甲第八号証)の第七一七頁に記載されているとおり、樹幹の最外側部にある部分を示すもので、リグニンなどの比較的低分子量の成分に富むものであり、水中で大きく膨潤するものではなく、また、樹脂と称されるものでもない。なお、セルロースも含まれるが、天然セルロースも樹脂に分類されることはない。
したがって、審決は、第一引用例及び第二引用例の発明の技術内容の認定を誤り、もって相違点の認定を誤ったものである。
審決が、右認定を誤らず、第一引用例及び第二引用例の発明で使用される物質がレッドウッドの樹脂ではなく樹皮であると正しく認定していれば、リグニンやセルロースからなる天然の樹皮は、特定方向しか膨潤せず、また、その膨潤性にも程度があるため、一定の大きさに裁断して、土壌と直接接するような方式で装置に組み込んで使用されることが必要であり、かかる樹皮から、「相対湿度一〇〇%で水と平衡な状態において、乾燥時の体積の二五倍以上に膨潤可能な物質」の使用が容易に想到できるものではなく、また、仮に、このような物質を想到したとしても、第一引用例及び第二引用例の発明の公知の装置では使用不可能であることを想到するだけである。
3 相違点についての判断の誤り
(一) 審決は、周知事項が本件出願前に周知であることを理由に、本願第一発明は第一引用例及び第二引用例の発明から容易に発明をすることができたと判断しているが、前述のとおり、審決の周知事項の認定は誤りであるから、審決の右判断も誤りである。
(二) 仮に、周知事項が本件出願前に周知であり、また、審決が第一引用例及び第二引用例の発明において使用する水膨潤性の物質として認定したレッドウッドの「樹脂」が「樹皮」の誤記であったとしても、本願発明は第一引用例及び第二引用例の発明から容易に発明をすることができたとする審決の判断は誤りである。
本願発明は、単に第一引用例又は第二引用例の発明の水膨潤性物質を他のものに置換するだけで達成できるものではなく、土壌環境について十分に研究し、いくつもの要素を結合し、従来知られていない新規な装置(本願第二発明)を用いて初めて達成されるものである。
本願第一発明で使用可能とされる水膨潤性物質は、土壌湿度に対する応答にのみ膨潤しなければならず、PHや塩類によって影響されてはならないものである。乙第一号証の一、二には、「Superslurpers」と名付けた新ポリマーのある種のものが自重の一五〇〇倍の水を吸収するが、これは電解質の性質を有するので、機能は塩の溶解により幾分減少すると記載されており、このようなイオン性親水ポリマーは本願第一発明の膨潤性物質として不適当であり、使用することはできない。
また、本願第一発明の方法では、装置は封鎖されたものでなければならず、第一引用例又は第二引用例の発明の開放型の装置は使用できない。
第一引用例又は第二引用例の発明では、樹皮を使用するため、水を装置内に浸み込ませて樹皮に作用させることが必要であり、かつ、樹皮は一方向にのみ膨潤するので、それが正しく配向され、ある程度長ければ、装置を封鎖する必要がないものであるところ、多方向に膨潤するポリマーを樹皮の代わりに使用すると、ポリマーは、開口部分を通ってはみ出し、ポリマーの量は減少し、また、水流を開閉するに十分な力を発揮しえないものとなる。
したがって、本願第一発明に使用する水膨潤性物質たる高吸水ポリマーの選定は当業者にとって容易ではなく、また、第一引用例又は第二引用例の発明の装置において単に樹皮を本願第一発明の水膨潤性物質に置換すればよいものではないのである。
第三請求の原因に対する認否及び被告の主張
一 請求の原因一ないし三は認める。
二 同四は争う。審決の認定、判断は正当であり、審決に原告主張の違法はない。
1 手続遵背について
原告のいう周知例一ないし周知例三は、周知事項の根拠として掲げられたものではない。
原告のいう周知例一は、単に高吸水性ポリマーの開発のきっかけを与えた著名な事実を述べたにすぎないものである。なお、審決が記載した一九七四年の米国農務省北部研究所の発表の事実は、当時の米国雑誌「Chemical Week, July 24, 1974」にトピックニュースとして掲載された記事(乙第一号証の一、二)から明らかである。
また、原告のいう周知例二及び周知例三は、高吸水性ポリマーが本件出願前に開発され、各種用途に応用されていて周知のものであることの応用として参考までに例示したにすぎないものであり、周知事項の根拠として掲げたものではない。
そして、本件出願前、周知事項2、すなわち、「高吸水性ポリマーが水と接触して数分で自重の数十倍から数百倍の水を吸水しうる能力を有すると共に、平衡吸湿率を有すること、つまり、高湿度条件下では吸湿して膨潤し、低湿度条件下では放湿して収縮するという性質を有していることが知られている」ことは、昭和三二年特許出願公知第四一四一号公報(乙第二号証)、昭和五〇年特許出願公開第八二一四三号公報(乙第三号証)、昭和五〇年特許出願公開第一五九五三八号公報(乙第四号証)、昭和五二年特許出願公知第三一一一三号公報(乙第五号証)及び昭和五二年特許出願公開第八四八八八号公報(乙第六号証)等から明らかである。
そして、審判において、特許法第一五九条第二項で準用する同法第五〇条の規定により出願人に拒絶理由を通知しなければならないのは、拒絶査定の理由とは異なる新たな拒絶理由は発見した場合であるところ、前述のとおり、原告のいう周知例一は、高吸水性ポリマーの開発のきっかけを与えた著名な周知の事実を示したに止まるものであり、周知例二及び周知例三も、周知の高吸水性ポリマーの応用例を参考のために示した単なる例示にすぎないものであって、これらは新たな拒絶理由に該当するものではない。
したがって、これらを出願人たる原告に通知する必要はないので、審決には原告主張の手続違背はない。
2 相違点認定の誤りについて
原告は、審決は、本願第一発明と第一引用例及び第二引用例の発明との相違点の認定において、第一引用例及び第二引用例の発明に使用する水膨潤性物質としてレッドウッドの「樹脂」を使用すると誤って認定した旨を主張する。
しかし、審決は、第一引用例及び第二引用例の認定においては、その発明において使用する水膨潤性物質はレッドウッドの「樹皮」であると正しく認定しているのであり(審決第五頁第一九行)、それをレッドウッドの「樹脂」とする原告の指摘の箇所は単なる誤記である。
したがって、審決に相違点認定の誤りはない。
3 相違点に対する認識の誤りについて
(一) 原告は、審決は、周知事項を誤って認定し、もって相違点についての判断を誤ったものである旨主張するが、審決の周知事項の認定に誤りのないことは前述のとおりである。
(二) また、原告は、本願第一発明は、第一引用例及び第二引用例の発明の水膨潤性物質を他のものに置換するだけで達成できるものではなく、土壌環境について十分に研究し、いくつもの要素を結合し、従来知られていない新規な装置(本願第二発明)を用いて初めて達成できるものであるとして、本願第一発明は第一引用例及び第二引用例の発明から容易に発明をすることができたとする審決の判断は誤りであると主張する。
まず、原告は、本願第一発明で使用可能とされる水膨潤性物質は、土壌湿度に対する応答にのみ膨潤しなければならず、PHや塩類によって影響されてはならないものであるから、被告が提出した乙第一号証等に示されるイオン性親水ポリマー(電解質ポリマー)は適用できない旨主張する。
しかし、本願第一発明の水膨潤性物質は、本願第一発明の要旨のとおり、相対湿度一〇〇%で水と平衡な状態において、乾燥時の体積の二五倍以上に膨潤可能なものであればよく、ここでいう「水」は、特に何らの限定がないので、非イオン水と解される。また、この水膨潤性物質が、PHや塩類によって影響されてはいけないものであるとは解されない。なお、乙第一号証ないし第三号証及び乙第五号証に記載された高吸水ポリマーはPHや塩類の影響により、その吸水力が低下すると解されるが、本願第一発明の前記条件を十分満足しているものといえる。
また、原告は、本願第一発明は、新規な装置(本願第二発明)を用いて初めて達成されるものである旨を主張するが、概して、方法の発明に対してその方法を実施するために直接使用する機械、器具、装置等の手段は複数存在するものであり、本願第二発明は、本願第一発明を実施する上で出願人が最も効果が上がると考えた手段を記載したものと解される。そして、方法の発明を実施する装置(本願第二発明)が新規であることと、方法(本願第一発明)に進歩性があることとは直接関連性があるとはいい得ないのであるから、原告の主張は理由がないものである。
第四証拠関係
証拠関係は、本件記録内の書証目録記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。
理由
第一 請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、同二(本願発明の要旨)及び同三(審決の理由の要点)は、当事者間に争いがない。
第二 そこで、被告の主張する審決の取消事由の存否について判断する。
一 成立に争いのない甲第二号証(昭和六一年一一月二〇日付け手続補正書)、甲第三号証(平成元年三月二二日付け手続補正書)及び甲第一〇号証(図面)によれば、本願発明の技術的課題(目的)、構成および作用効果は以下のようなものであると認めることができる(別紙図面参照)。
1 技術的課題
森林及び農業種の実生や伐採だけでなく、天然土壌の容器中で、屋外、温室又は温床での、又は屋内での装飾用植物の栽培も一般的な園芸業務である。このような鉢植え植物は、植物の種類、生長の程度、葉の周囲の相対湿度と空気の流率、及び容器土壌における排水などの多くの要素によって必要とされる給水量が変化する。
水の供給が多い場合、通常では流れ出るほど過剰量の水を植物の上から散水又はホースがけすることが屋外又は温室や温床の植物群の要求に見合う都合のよい手段となる。しかし、水資源の保存に対する心配が増す場合、これは理想的なものでなくなる。
また、過剰の水の流出がハウスの管理の問題となる屋内では、個々に手で鉢植えの植物に注意深く水をかける必要がある。この仕事は煩わしく、水のかけ方が多すぎたり、少なすぎたりして、その植物に損傷を与えることとなり易い。
原野における植物栽培としては、特に土壌がひどく可変的な多孔質で、地形が一定せず、湿度が高く、大気湿度の低い乾燥した地域では、土壌から蒸発や引力による滲み出しでその根組織から取り去られる水の損失は作物の葉から発散して失われる水よりはるかに多く、植物毎に著しく変化する。したがって、価値ある水の供給が他面ではコスト的に農業を支えることとなるが、古い灌漑技法ではしばしば失敗し、また、最も進んだトリクル灌漑法でも失敗し易いものである(昭和六一年一一月二〇日付け手続補正書別紙第八頁末行ないし第一〇頁第六行)。
本願発明は、農業灌漑における前記の問題に鑑み、本質的に連続した基礎(素地)上の、一または多数の植物に、それぞれ必要とする水分を自動的に供給するための方法(本願第一発明)及びハウス栽培の植物への給水にも農業灌漑にも適した、長期間信頼性よく使用できる、安価で、小型の自給式給水装置(本願第二発明)を提供することを目的とする(平成元年三月二二日付け手続補正書別紙第一頁第一一行ないし第一六行)。
2 構成
本願発明は、前記の技術的課題(目的)を達成するため、本願第一発明の要旨(特許請求の範囲(1))及び本願第二発明の要旨(特許請求の範囲(7))記載の構成を採用した(平成元年三月二二日付け手続補正書別紙第二頁第七行ないし第一七行、同別紙の別紙第一頁第二行ないし第一一行、第三頁初行ないし第一一行)。
本願発明で使用する水膨潤性物質としては、例えば、水溶性又は水膨潤性ヒドロゲルが使用でき、保たれるべき周囲環境の相対湿度は、このような物質の濃度、及び該物質を含む室容積に関する特定の周囲環境湿度におけるこの物質の体積によって、予め指定できる。
その水膨潤性物質を含む室は、その物質に対して非浸透性であるが水に対しては浸透性ある半透膜によって右周囲環境から分離されるのが好ましく、浸透圧の変化によって、この膜を透過して右物質に膨潤や収縮をもたらす水流の量や方向が、周囲環境の関係湿度に従ったものとなるのがよい。その水膨潤性物質は、相対湿度一〇〇%で水と平衡な状態にある時に乾燥容積の二五倍に膨潤可能である水膨潤性のヒドロゲルであるのが特に好ましく、前記半透膜は直径〇・二mm以下の微細孔を有するものを使用するのがよい。
本願発明で使用する物質は、従来この種の方法で使用されたことのない高度な膨潤度を有するものであるが、圧縮固定などをすることなく、自然な状態で膨潤度二五倍以上を有する物質は、非常に感度よく、環境湿度に対応した膨潤収縮を繰り返し得るものであり、信頼性ある相対湿度制御を実施できる。
なお、半透膜の微細孔の直径が〇・二mm以下であるのが好ましいとするのは、土壌の水分を制御するためのバルブの操作性を確実にするための条件である。直径〇・二mmという孔は半透膜として働き、水を自由に通すが、それで分離される水膨潤性ヒドロゲルの膨潤がこの孔を通って外側に膨出しないための条件である。水膨潤性物質は半透膜の内側で膨潤して水路を制限することが必要である(平成元年三月二二日付け手続補正書別紙第二頁下から第三行ないし第四頁第一〇行)。
別紙図面第一図及び第二図が本願第二発明の装置の一つの実施例である。
第一図がバルブで圧縮されていない状態、第二図がバルブが圧縮された状態を示す。なお、図において、2はバルブ、4は透水性の膜、6は室、8は柔軟な管、14は水膨潤性物質、20、30は通路、36は入口、38は出口である(昭和六一年一一月二〇日付け手続補正書別紙第三〇頁第二行ないし第四行、第二一頁末行ないし第二四頁第二行)。
3 作用効果
本願発明によれば、乾燥した地域の農業灌漑における水の管理に対してだけでなく、土中に生長する植物、特に鉢植植物の根組織に有効な人手のいらない水分の制御及び給水を可能とする。また、植物に栄養物、例えば供給する水に低濃度に溶解した肥料などを、水分の補給と同時に供給することもできる(平成元年三月二二日付け手続補正書別紙第一頁下から第三行ないし第二頁第五行)。
二 第一引用例及び第二引用例の記載事項(ここにおいては、水膨潤性物質はレッドウッドの樹皮であるとされている。)についての審決の認定(審決第五頁第一六行ないし第六頁第四行)については、当事者間に争いがない。
また、本願第一発明と第一引用例及び第二引用例の発明とに審決の認定した一致点及び相違点(第一引用例及び第二引用例の発明が水膨潤性物質としてレッドウッドの樹皮の細長いブロックを用いるとした点を除く。)があることは当事者間に争いがない。
三 手段違背について
原告は、審決には、特許法第一五九条第二項で準用する同法第五〇条の規定に違反した違法がある旨主張する。
成立に争いのない甲第一五号証によれば、特許庁審査官は、昭和六一年四月一五日付けの拒絶理由通知書をもって、本願発明は①第一引用例、第二引用例及び米国特許第三五一八八三一号明細書に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められるから、特許法第二九条第二項の規定により特許を受けることができない、②明細書及び図面の記載が不備であり、同法第三六条第四項及び第五項に規定する要件を具備していない(明細書中の構成の記載の不明瞭な箇所が具体的に示されている。)、との拒絶理由の通知をしたことが認められる。また、特許庁審査官は右②の理由で拒絶すべき旨の査定をしたこと、及び右拒絶査定不服の審判手続において特許庁審判官は改めて拒絶の理由を通知することなく、「本願第一発明は第一引用例又は第二引用例の発明及び周知事項に基づいて当業者が容易に発明することができたものであるから、同法第二九条第二項の規定により特許を受けることができない」との理由により右審判請求を成り立たない、としたことは当事者間に争いがない。
ところで、拒絶理由通知制度は、審査官(又は審判官)が出願を拒絶すべき理由を発見したとき、出願人に対し、その旨を通知することによって、出願人に意見書、さらに必要があれば手続補正書をも提出する機会を与え、もって特許出願制度の適正妥当な運用を図ることにあるから、同法第一五九条第二項の規定により特許庁審判官が査定の理由と異なる拒絶の理由を発見した場合として再度拒絶理由通知を要するかどうかは、改めて拒絶理由通知をするのでなければ出願人の防禦権行使の機会を奪い、出願人に保障された利益保護に欠けることになるかどうかにより判断すべきである(その場合拒絶理由通知には既に示されているが、査定の理由とされていない理由に基づいて審判請求を成り立たないとするときは、出願人には意見書により弁明、防禦の機会を与えられているから、改めて拒絶の理由を通知しなくとも出願人の利益保護に欠けるところはない。)。
そこで、本件審判手続において、拒絶理由通知に示された第一引用例及び第二引用例に加えて、これに示されていない周知事項を加えて本願第一発明が進歩性がないとする場合査定の理由と異なる拒絶の理由を発見した場合として拒絶理由通知を要するかについて判断する。
前記審決の理由の要点によれば、審決認定の周知事項は、本件出願前に高吸水性ポリマーという物質が存在したこと及び当該高吸水性ポリマーの性質に関するものであり、本件出願当時の技術水準に照らし、右事項が当業者一般に知られ用いられている技術、すなわち周知慣用の技術であることを示している。
このように、周知慣用技術は、当業者が熟知しよく用いられている技術であるから、これを拒絶理由通知に示さなくても、当業者であれば、その技術内容は当然理解しているということができ、出願に係る発明に進歩性がないとする拒絶理由通知において、そこに引用された技術文献のみでは当該発明との間になお相違点がある場合にその点については周知慣用の技術を置換することにより進歩性がないとする趣旨であることが容易に理解し得る場合も少なくない。
これを本件についてみるに、本願第一発明と第一引用例及び第二引用例の発明とが審決認定の点で一致し、用いる水膨潤性物質の点において相違すること(このことは当事者間に争いがない。)は当業者であれば容易に理解し得ることである。そして、前掲甲第2号証によれば、本願明細書には実施例に用いる「水溶性又は水膨潤性物質14は、典型的には、例えばポリアクリルアミド、ポリビニルアルコール系などから導かれる固形ゲルのようなヒドロゲル」(昭和六一年一一月二〇日付け手続補正書第二三頁第六行ないし第九行、この物質が高吸水性ポリマーの組成に含まれることは、原告も争っていない。)であり、この物質が格別新規な物質ではないことをその記載事項から明らかである。
また、成立に争いのない甲第一六号証によれば、前記拒絶理由通知に対する意見書に、「本願発明で使用する物質は、湿度によって膨潤したり収縮したりするものであり、相対湿度一〇〇%で水と平衡となったとき、乾燥容積の約二五倍にも膨潤しうるものである。一般に少し架橋されたヒドロゲルなどが使用されるが、このように湿潤膨潤性の著しいヒドロゲルの浸透圧変化に対する挙動は、親水性ポリマーの液体浸透性溶液に相当する。したがって、本願発明で使用するような物質とはその操作に必要とされる機械的性質に関して、明らかに異なっており、第一引用例及び第二引用例のハウジングの開口は、本願発明で使用するタイプの浸透性溶液や容易に偏見しうるゲルを保持又は含有しえない。」(第三頁第九行ないし第四頁第3行)と記載されていることが認められることからも原告は以上の事項を明確に理解した上で拒絶理由通知に対応した意見書を提出していたものというべきである。
したがって、拒絶理由通知には第一引用例及び第二引用例しか記載されていないが、それは、本願第一発明で用いる水膨潤性物質たる高吸水性ポリマーの右性質が周知であることを当然の前提にしているものであり、右拒絶理由通知を受けた原告は、前記意見書において、第一引用例及び第二引用例の発明で用いる水膨潤性物質を本願第一発明の高吸水性ポリマーに置換することの困難性の理由として、第一引用例及び第二引用例の発明のハウジングは開口していて膨潤する高吸水性ポリマーは保持できないというのみで、高吸水性ポリマーが新規な物質であるとか、その性質が新規に見出されたものである等、第一引用例及び第二引用例の発明や本願第一発明のような、ある物質の平衡吸湿率を利用して土壌の湿度に応じて水路の開閉を行い、土壌の湿度を一定に保つという方法において用いること自体を想到することの困難性は主張してはいないから、通知された拒絶理由が、第一引用例及び第二引用例の発明に用いるレッドウッドの樹皮を周知の高吸水性ポリマーに置換することが容易であるという趣旨であることは理解していたものと認められる。
以上のことからすると、本件出願当時、高吸水性ポリマーが開発され、平衡吸湿率を有するという周知事項は、通知された拒絶理由には明示的には示されてはいないものの、実質的には示されていたものと認めるのが相当であり、原告の防禦権は確保されていたものというべきである。
原告は、本件手続が特許法第一五九条第二項で準用する同法第五〇条に違反していることの根拠として審決の周知事項についての認定が誤りであることを挙げている。
しかし、本件手続が右法条に違反するかどうかは、特許庁審判官が拒絶理由通知に示された第一引用例及び第二引用例に加えて、これに示されていない周知事項を加えて本願第一発明が進歩性がないとする場合、査定の理由と異なる拒絶の理由を発見した場合として再度の拒絶理由通知を要するかどうかであって、当該周知事項とされたものが客観的にみて当時の周知技術であったかどうかに左右されるものではない(審決が周知事項の認定を誤った結果、本願発明と第一引用例及び第二引用例の発明との相違点の判断を誤ったかどうかは、手続違背とは別個の審決における相違点の判断の誤りの問題である。このことは後記四において判断する。)。
また、原告は、本件拒絶理由通知に周知例一ないし三を挙げなかったことを前記法条違反の理由とするが、周知慣用技術は、当業者が熟知しよく用いられている技術であるから、周知慣用の技術内容を特定すれば足り、その根拠を一々例示することを要するものでない。言い換えれば本件において審判手続に前記法条の違反が存するかどうかは前記周知事項を加えた拒絶理由を再度通知することを要するかどうかの問題であって、周知例を挙げることを要するかどうかの問題ではない。したがって、原告の右主張もまた理由がない。
よって、審決に原告主張の手続違反はなく、この点に関する原告の主張は理由がない。
四 相違点認定の誤りについて
原告は、審決は、本願第一発明と第一引用例及び第二引用例の発明との相違点について判断をするにつき、第一引用例及び第二引用例の技術内容の認定を誤り、もって相違点の認定を誤った旨主張する。
しかし、成立に争いのない甲第一号証によれば、審決は、本願第一発明との一致点及び相違点を認定するに先立ち、第一引用例及び第二引用例の発明の技術内容を認定したが、そこにおいては、第一引用例及び第二引用例の発明に用いる水膨潤性物質がレッドウッドの樹皮であることを正しく認定しているのであり(審決第五頁第一九行)、相違点の認定はこれを受けてされているものであるから、相違点についての認定において、第一引用例及び第二引用例の発明において用いる水膨潤性物質がレッドウッドの樹脂であると記載されているのは、レッドウッドの樹皮の単なる誤記であることは明白である(同様に、その相違点に対する判断において第一引用例及び第二引用例の発明に用いる水膨潤性物質がレッドウッドの樹脂であると記載されているのも(審決第九頁第五行、第六行)、レッドウッドの樹皮の誤記であることは明白である。)
したがって、この点についての原告の主張は理由がない。
五 相違点についての判断の誤り
1 まず、原告は、審決が周知事項の認定を誤り、もって相違点についての判断を誤った旨主張するので、本件出願当時右事項が周知慣用の技術であったかについて検討する。
成立に争いのない乙第一号証の一、二、第二号証及び第五号証には次のような記載がある。
① 「Chemical Week, July 24 1974」(乙第一号証の一、二)
「新しいポリマーは早くから研究してきたイリノイ州ペオリアの米国農務省の研究チームにより「Super slurpers」という名で親しまれている。これはグラフト共重合体であり、非常に高い吸収性を有する。例えば、ある種のものは、自重の一五〇〇倍以上の水を吸収することができる」(左欄第七行ないし第一五行)。「それらは電解質の性質を有するので、機能は塩の溶解により幾分減少する。例えば、〇・一%塩類溶液では一五〇倍吸収となり、尿では五四倍吸収となる」(右欄第一二行ないし第一七行)。
② 昭和三二年特許出願公告第四一四一号公報(乙第二号証)
アクリル酸、マレイン酸とポリアルケニル、ポリエーテル等の重合体につき
「〇・一乃至四・〇重量%、成るべく〇・二〇乃至二・五%重量のポリエーテルが使用される時は水に不溶性重合体が得られ、殊にアクリル酸が使用されると、特に一価塩の形に於いて使用されると、極めて水に敏感で自身の重量の数百倍の水を吸収して大いに膨潤する重合体が得られる。〇・一乃至六・〇%、成るべく〇・二〇%乃至五%のポリエーテルが無水マレイン酸と共重合される時も亦高膨潤性重合体が得られる。」(第四頁左欄第一三行ないし第二二行)
「水溶性遊離基触媒過酸化酸素を含む水性媒体中の重合が有用である。之に依て得られる生成物は、粒状沈澱物であっても高度膨潤ゲルであっても、直ちに使用され得又は容易に細分乾燥され得る。」(第五頁左欄下から第三行ないし右欄第二行)
実施例3において「此重合体ゲルは容易に浸漬、乾燥され得る。」(第八頁左欄第四行ないし右欄初行)
③ 昭和五二年特許出願公告第三一一一三号公報(乙第五号証)
加水分解された架橋ポリアクリルアミド又は架橋スルホン化ポリスチレンにつき
「ここに意図せる吸収性の、水に不溶のヒドロゾル性微粒子は、その重量の約一五-七〇倍の液体を吸収でき、その際個々の該微粒子は原形を破壊されることなく、個々の原形の数百%に膨張し」(第四欄第二二行ないし第二五行)
「膨潤したヒドロゾル性微粒子は吸収した液体と強固に結合していることは既述の如くであるが、乾燥させると該微粒子は脱水され、概略元の寸法に復元されると同時に液体吸収力も復元される」(第四欄第三四行ないし第三八行)
以上の記載によれば、グラフト共重合体(乙第一号証)、アクリル酸、マレイン酸とポリアリケニル、ポリエーテル等の重合体(乙第二号証)、加水分解された架橋ポリアクリルアミド又は架橋スルホン化ポリスチレン(乙第五号証)のそれぞれが高吸水性を有することが開示されており、また、乙第五号証には、そこに示された物質が高膨潤性であって、これを乾燥し得ることが開示されているが、水を吸収して膨潤したものが乾燥した場合収縮することは技術常識であるから、これらの物質は平衡吸湿率を有するものとみることができる。
なお、原告は、乙第五号証の「膨潤したヒドロゲル性微粒子は吸収した液体と強固に結合している」との記載をもって、右物質は、強制的に乾燥しないと脱水しないものであり、平衡吸湿率を有するものではない旨主張するが、同号証の右記載をもって、周囲環境の湿度の低下によっては収縮するものではなく、収縮するためには、加熱等による人為的手段が必要なものであるとの趣旨であるとただちに解することはできない。
以上によれば、本件出願当時、高吸水性ポリマーが開発されて周知であったことは勿論、その性質、すなわち、高吸水ポリマーが水と接触して、数分で自重の数十倍から数百倍の水を吸水しうる能力をゆうすると共に、平衡吸湿率を有することは周知であったと認めることができる。
したがって、審決が右の事項を周知と認定したこと自体に誤りはない。
2 次に、原告は、審決の周知事項の認定が誤りでないとしても、審決が第一引用例及び第二引用例の発明のレッドウッドの樹脂を本願第一発明の高吸水性ポリマーに置き換えることが容易であると判断したことは誤りである旨を主張する。
原告は、まず、本願第一発明で使用可能な水膨潤性物質は、土壌湿度に対する応答のみ膨潤しなければならず、PHや塩類によって影響されてはないないものであるところ、乙第一号証等の高吸水性ポリマーはイオン性親水ポリマー(電解質ポリマー)であるから、これをもっては置換でないとする。
しかし、本願第一発明に係る特許請求の範囲からすると、本願第一発明に用いる水膨潤性物質は、単に「相対湿度一〇〇%で水と平衡な状態において、乾燥時の体積の約二五倍以上に膨潤可能な物質」であればよく、それ以上に膨潤性物質の性質の特定はしていない。したがって、本願第一発明に使用する水膨潤性物質がPHや塩類によって影響されてはならないものであるとは直ちには解されず、本願明細書にもそのような記載はないものである。
勿論、本願第一発明の技術的課題(目的)からすると、それに用いる水膨潤性物質は、土壌湿度のみに応答して膨潤、収縮する物質であることが望ましいことはいうまでもないが、塩類等に多少影響されても本願第一発明の目的は十分に達成することができるものと認められる。
そして、前認定のとおり、乙第一号証の二には、「新しい発見に係るポリマーは、電解質の性質を有するので、機能は塩の溶解により幾分減少し、〇・一%の塩類溶液では一五〇倍吸収となり、尿では五四倍吸収となる」旨の記載があるが、塩類によるこの程度の影響があっても、これで本願第一発明の目的が達成できないとは認められない。
また、原告は、第一引用例及び第二引用例に記載されている装置の開口部分は大きいので、多方向に膨潤する高吸水性ポリマーをこれに使用すれば、膨潤したポリマーが開口部分から外にはみ出して量が減少してしまうとして、第一引用例及び第二引用例の発明のレッドウッドの樹皮を本願発明の高吸水性ポリマーに置換することが困難である旨主張する。
しかし、第一引用例及び第二引用例の発明の装置において、水膨潤性物質としてレッドウッドの樹皮に代え、高吸水性ポリマーを使用する場合に原告主張のような難点があれば、当業者はただ開口部分の大きさ(これをどの程度にするかは、使用する水膨潤性物質の性質に応じて適宜決定しうる設計事項である。)を適宜調節すればよいことであり、その置換の困難性をいう原告の主張はおよそ認め難いものである。
また、原告は、本願第一発明の目的は、従来知られていない本願第二発明の新規な装置を用いて初めて達成される旨主張するが、本願第一発明が本願第二発明の装置の使用を構成要件とするものでないことは、特許請求の範囲から明らかであり、これを理由に第一引用例及び第二引用例の発明におけるレッドウッドの樹皮を本願第一発明の高吸水性ポリマーに置換することの困難性をいう原告の主張は理由がない。
六 以上のとおりであり、審決には原告主張の手続違背はなく、また、本願第一発明は、第一引用例及び第二引用例の発明並びに前記周知事項から当業者が容易に発明をすることができたとする審決の認定、判断に誤りはなく、審決には、原告主張の違法はない。
第三 よって、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条を、上告のための附加期間を定めることにつき同法第一五八条第二項の規定を各適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 成田喜達 裁判官 佐藤修市)
<以下省略>